風の向くまま

〜Oz's Leaves管理人のブログ〜
白鳥の羽ばたき 朝日 川面
煌きが駆けていく

夜を払いのけ、朝靄をかきわけて
朝日が水面を転がっていく

これから始まる一日を生きることの喜びと
これから始まる一日を生きぬくための厳しさを
世界中に告げるように
光が走っていく

この一日を生きるために
白き衣をなで整えた
類まれなる美しきいきものが
ゆっくりと羽を広げる

雄々しく、鮮烈なる
この、瞬間


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ナショナルジオグラフィック
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|2012.08.21 Tuesday |
ひまわり
強烈で
ぎらぎらの
焼けるような
灼熱の
陽射しにも
負けない

むしろそれを求めるように
高く!


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けんじさんの写真館
上記は1280*1024です。他のサイズは
けんじさんの写真館 夏の壁紙3
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|2012.08.17 Friday |
象のいる風景
曇り空の夕暮れ。
昨日より早く日が落ちたかのようだ。

今日で店じまいしたサーカス。
大テントが取り払われて、
いつも通りのフェンスで囲まれた
だだっ広い草っ原。

いつもと違うのは、
そこを悠然と歩いている2頭の象。

黒みがかったグレーの象が
雑草の茂る草っ原に時々鼻を這わせながら
ゆったりと、
どことなく嬉しそうに、
夕暮れの中、
歩いている。

背景の曇天にはモノレールが走り、
信号はいつも通りにシグナルを送っているのだが、
目の前には都会の真ん中にいるはずのない存在が、
悠然と歩いている。

なぜか気づいている人は少なくて、
フェンスに貼り付いているのは私一人。
不思議の国にでも迷い込んだかと錯覚する。

現実と夢をつなぐのは、
広場の隅にいるサーカスの関係者とおぼしき人々。
狭いコンテナの長旅の前のわずかな時間、
象を放してやったのだろう。

大きな大きな象と、それより一回り小さな象は
大きな草っ原で、ゆったりと嬉しそうに歩いている。

このわずかな夢の時間に、
この場所に居られたことに感謝する。
君たちの行く先に、
こんな幸せの時間がまたあることを祈ってる。



|2008.08.26 Tuesday |
幻想の価値観
今の日本は
価値観が多様化しているというか
本当だろうか

ちょっとした流行り廃りに
これほどまでに敏感で
話題から乗り遅れまいと必死になり

舌の根も乾かぬうちに違うことを宣うような
テレビのワイドショーや吊り広告の大文字に
「そうだよ、その通りだよ」と
頷いている我々

学校の成績だけが全てじゃない
見かけだけが全てじゃない
金だけが全てじゃない
etc. etc. etc. ………………

今の日本には
多様化した価値観があるわけじゃなく
「価値観」そのものが無いのだと
最近よく思う

自分にとって、何が一番大事なのか
わかっていなかったり
薄々感づいていても
それを抑圧や隠蔽して知らないフリをしていたり

自分には主体がなくて
でもそれを認めることは出来なくて
どうしたらいいのかわからなくて
解っている気になりたくて
だから日々情報に振り回されて
ネットやマスコミの言うことが
自分にとって大事なことだと
勘違いしている

その勘違いの歪みがある日爆発して
八つ当たりのように人を刺し殺してみたり
そんな卑劣な行為を我が意を得たりと賞賛してみたり……

私は自分にとっての
たった一つの大事なものを知ってる
色々と悩み迷うことがあっても
それでも自分にとって
大事なものが何かを知ってる
それはこの30年近く変わらなかったもので
これから先も変わらないだろうものだ

揺らぐまい
|2008.07.19 Saturday |
不安なアンチエイジング
新聞のひろさちやさんの記事が印象に残った。
昨今の強迫観念にも近いアンチエイジング熱は
老人への尊敬の念が失われたり、
老人そのものが「老い」に
自信がなくなったせいではないかという。

釈迦は老人に会って、若さは奢りであると悟り、
病人に会って健康が奢りであると悟り、
死者に会って生も奢りであると悟る。
人間にとって大事なのは
「老いる仕事」「病気になる仕事」「死ぬ仕事」だと。
決して金儲けが仕事ではないと。

それはそうかもしれない。
ただ私は「アンチエイジング」の裏には
大きな不安があるのではないかと思う。
老いた自分、病に倒れた自分が
安心して生きていける社会が無い。

だからといって老いた動物のようにじっと黙して目を瞑り、
死に至る潔さを、ホモサピエンスは捨ててしまった。
再びそれを手に入れるために、
まずは苦労して悟りを手中にせねばならぬ。
そんな滑稽なことになっている。

何をやっても歳は取り、寿命は来るのに
強迫観念のように老いと戦うのは
老いを蔑んでいるというより
怖いからではないか。

何かもっと安楽に死ねる方法があるなら、
こんな努力はしないかもと、
思ったりもする自分がいるので。


それでも
「今流行の癒しはモルヒネのようなもので、
切れれば苦しみが深くなる。
悩みや不安をなくすために怪しい宗教や美学や、
武士道やら品格に頼ってもかえって危険」という言葉には
大きく同意。

生き方は本来、自分が見いだしていくしかないはずなのに、
それを示唆する本があまりに多く溢れている事実そのものが
日本という社会の幼児性を示している気がする。


5/28 日経夕刊「冷めぬアンチエイジング熱」
|2008.06.08 Sunday |
老い導師I
早朝の道。
一匹の犬がやってくる。
たったっと小走りぎみなのに、
足並みはやや危なげで、
あきらかに手入れをされていない身体は
かすかに異臭を放つ。

ぎょろりと見開いた涙目は
まさに老人の瞳で、
それをどこかに据えたまま、
道を行く。

最初は野良犬と思ったが、
再び同じ時刻同じ場所で出会った。
やはり老いた飼い主が、
散歩代わりに放しているのだろう。

いくつかの場所で寄り道し、
また別の場所では臭いを確かめ、
自らの定めたコースを淡々と、
機械的なほどに淡々と、
歩いて行く。

ぎょろりと潤んだ老人の目は
ただ前を見ている。
そこに映っている風景は、
もう彼にはあまり意味が無いのかもしれない。

明かり取りの窓のような瞳と
空気の圧力を受けるだけの耳と……。
酸化還元反応をくりかえしては
増殖と崩壊を進めていく細胞群。

醜いとか美しいとか、
そんな下らない言葉を一蹴して
ただ生から死への極めてなだらかな変化の中に
彼は居る。

これが老いなのだと
四六時中の涙で潤んだぎょろりとした目で、
老犬は語った。
|2008.04.01 Tuesday |
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